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質とスピード

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『質とスピード』というエッセイです。

基本的には相反する概念だと思う。

大抵の仕事では、常にこの二つを求められる。スピードを早く。しかし、質は高く。もちろん、そんなことは無理である。質を求めれば作業の速度は遅くなる。何度もミスがないかチェックをすればするほど質が上がっていく。逆にスピードを上げようとすると、どうしてもチェックが疎かになる。まあ、これくらいの質で良いか、という妥協なしには速度は上がらない。

その仕事をはじめたばかりのときは、どちらか一方を選ぶしかない。大抵の職場では、たぶん、質を優先させるだろう。初心者のつくるものは、質が悪く、基本的には使いものにならない。そういうわけでどれだけ遅くても良いから、と質を極めさせる。そのあと、少しずつスピードを上げていく、というのが順当な育て方である。

僕は質よりも速度が先に向上しやすいタイプだった。やり方を覚えたらすぐにフルスピードでやってみる。そして大量にミスが発生する。かなり問題のあるタイプだと言える。

たとえば、小学校の頃、計算問題を解くのはクラスでほとんどトップだった。でも、検算をしてみるとミスが多い。字が汚いのでミスが多発するのである。

働くようになって、ようやく、スピードよりも質を優先させることができるようになった。質を向上させて、そのあとスピードをつけていく、というほうが簡単だ。先に速度を学んで、徐々に改善して質を向上させていく、という分野もあるのかもしれないけれど、大抵の場合はスピードよりも質だと思う。

ところが、仕事の現場では質よりも速度を優先させる場合も多い。とにかく急ぎで、みたいな謎のノルマがあったりするのだ。まあ、そういうときは質は知りませんよ、みたいな感じでフルスピードでやるわけだが、もちろん、ミスが多い。

どこかに妥協点がある。スピードと質を両立させる、ぎりぎりのバランスがあって、そこを見つけるまでが長い。一度、そのあたりのバランスがわかってしまえば、その作業に関してはほとんどマスターしたと言えるだろう。それでも、やはり個人によって差がある。ややスピードよりの人、質よりの人。そして、なかには質と速度を両立させられるような、天才としか言えないような人もいる。

この日記も誤字脱字が滅茶苦茶多いことからわかるように、僕は文章を書くときは、質より速度を重視している。小説も一緒。

小説の質というのは難しい。ゆっくり書けば質が上がる、というわけでもない。ゆっくり書けば誤字脱字、文法のミスは減る。けれど、面白い小説が書けるとは限らない。発想は、むしろスピードに乗っているときのほうが生まれてきたりする。

質をコントロールするのは難しい。どちらかというと、スピードをコントロールして、そのときどきの条件で、どれくらい質が変動するのかを測定したほうが良いように思う。10分かけて100点、7分かけたら80点、5分では50点、1分では10点としたら、7分で80点のところがもっとも効率が良い……のかもしれない。85点以上じゃないと没、みたいな設定なら8分とか、9分とか掛けたほうが良いだろうし。

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