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4月7日 抽象化したほうがわかりやすい

今日は朝から外出。梅田の隣の駅へ行った。梅田というのを知らない人に説明すると、大阪で一番栄えている街である。花見シーズンということもあってか、人が多かった。昼食はカレーうどんを食べた。美味しかった。そのあとはゆっくりしてから家に帰った。

移動中に電車のなかでいろいろ考えた。そのことについて書こう。

わかりやすいように、抽象化してみよう。

まず、Aさんの住んでいる家に問題があったとする。セキュリティ面で不安がある。そのことをBさんが指摘した。

このとき、Aさんが『我が家をバカにしやがって』と怒るケースがたまにある。ここに問題があるので、改善したほうが良くないですか、と言われたときに、Aさんはバカにされたと認識して、怒ってしまうのである。本来、ダメなところを指摘されたら、改善すれば良いだけのことだ。単なる難癖だったら、スルーすれば良い。わざわざ怒る必要はない。

なぜ怒ってしまうのかというと、本人も、薄々そこが問題だと気づいているのだ。ただ、お金がないとか、時間がないとか、そういう問題があって直せない。自分は家主ではなく権利がないのかもしれない。そういう不満を抱えていながらも、どうしようもないから、他の人に指摘されて腹が立つ、というメカニズムだろう。

これはいろいろな世界で見られる。具体例は出さないが、この会社のここが問題だ、という指摘を僕はたまにする。本人に直接言うこともある。そうすると怒る人がいるのである。言い方が悪いのかもしれないが、基本的には、自分や自分の所属する部署の悪い部分を改善できる良い切っ掛けだと思ってほしい。難しいだろうか。まあ、僕だって怒るかもしれない。難しいところだ。

もうちょっと話のつづきを書こう。Bさんが、Aさんの家のセキュリティ面の不備を指摘した。そのとき、Aさんが『でも、昔と比べたら良くなったんですよ』と返事をしたとしよう。昔の家というのは、つまり竪穴式住居とか、そこまで戻らなくても古い日本家屋とか、そういうものだ。そういう家と比べたら、いま住んでいる家は、たしかにセキュリティ面で問題があるかもしれないが、随分良くなっているんですよ、みたいな返事をする人がいる。

具体化すると、日本の話だ。日本という国にはこういう問題点がある、と指摘したとする。そのときに『いや、でも昔と比べたら良くなったんですよ』は返事になっているだろうか。問題がある、ということは何も変わっていない気がする。現実の問題から目を背けていてはいけないと思うが、いかがか。

そのような感じで日記は終わり。寝よう。

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