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写真を撮らない

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『写真を撮らない』というエッセイを書きましょう。

実はスマホを替えました。この話は、どこかでしましたっけ……。覚えてませんけど。してないかな。Twitterでしたような気もします。

機種は、あの噂のHuaweiで、P20liteという機種です。3万円くらいの機種なんですけど、年末のセールで6800円になっていたのです。いま使っているのはiPhone SEという機種で、ちょっと大きなサイズのスマホも良いな、と思って買ってみたのでした。

本題に戻りましょう。詳しくはしりませんが、P20liteはカメラの画質がよろしいようなのです。ちょっと撮影してみても良いかな、と思うのですけど、撮りたい写真がありません。そもそも、写真を撮る習慣がないのです。皆、いったい何を撮影しているのでしょうか……。

風景は、写真にしてもそこまで綺麗だと思えません。自分の目に見えるものと、画面に写るものの差が大きいでしょう。そもそも、綺麗な風景はYoutubeで動画を見れば良い話で、わざわざ自分で撮る必要性があるとは思えないのです。自分よりも上手い人がいるので、自分が撮らなくて良いな、みたいな……。

人の写真も撮りません。あまり人を撮影したい、と思ったことがないですね。あの人の写真がほしいな、と思ったことは、いままで生きてきたなかで1人か2人くらいかも。それ以外の人の写真を撮る価値が見いだせません。もちろん自分の写真も不要です。

そもそも、写真を撮ったあとに、ちゃんと見返している人はどれくらいいるでしょう。子供の写真ならば、たまに見返すかもしれませんが……。自分の撮った風景とか、食事とか、しっかり見返している人は、どれくらいいますか? 撮って、撮りっぱなしになっているのでは? そんなことない?

いろいろ考えてみたのですが、撮った写真が『いいね』されると嬉しいのかもしれません。インスタも『良いね』で良いのかしりませんけど。写真の撮影というのは、承認欲求に根ざした営みなのかな……。でも、ネットにもあげないのに、せっせと写真を撮りつづけている人もたくさんいそうです。

ざっと自分のスマホに入っていた写真を確認してみましたけど、仕事のシフトの表とか、なくしたらまずい手書きのメモとか、身分証明用の免許証の画像とかでした。

うーん。でも、やったこともないのに批難をするのは良くないとも思うので、風景の写真でも撮ってみようかな、と考えています。しかし、なにをとれば良いのかが難しいですね。そこを考えるのが写真の楽しみ方なのかもしれませんが……。

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