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どのような人間を尊敬するか

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『どのような人間を尊敬するか』というエッセイを書きましょう。

僕は、すべての人間は平等だと考えています。年齢も、性別も、容姿も、職業も、資産も、どうでも良いことです。僕と総理大臣と死刑囚の三人がいても、誰が偉いとか、誰が偉くないとか、そういうことはありません。年齢にも関心がありません。中学生の考えをきいて、素晴らしい発想だなぁ、と感じたこともあります。

年齢や性別、職業というのは装飾のようなものだと考えています。人間の本質とは無関係です。しかし、その装飾で人を判断する人が多いこともわかっています。普段から、装飾に惑わされないように訓練しておくと、素晴らしい発想、思考などに触れたとき、素直に感心できるようになります。子供の意見、社会的地位の低い人間の意見だからといって、すぐにダメな意見だと判断すると、損をすることがあります。

僕が他人を判断するときにもっとも重視しているのは、思考力です。どれくらい深く物事を考えているのか、という部分を見ます。そこに人間の本質が現れると考えています。ただ、なんとなく生きているように見える人や、常識に縛られているような人には、あまり惹かれません。もちろん、そういう生き方をするのも、その人の自由です。ただ、僕は評価をしないというだけです。

上の役職の人間だから尊敬する、というようなことはありません。もちろん、昇進するような人は、思考力が卓越している人が多いのはたしかです。単に運でのし上がったような人もいるので、尊敬するかどうかは、やはり、その人の思考の深さから判断するしかないでしょう。

また、重要なのは、すぐに判断をくださないことです。一度や二度会ったくらいでは、その人の思考の深さはわかりません。何度も話をしているうちに、少しずつわかってくる部分だと思います。かなり防御力の高い人がたまにいます。普段は、あまり物事を考えているようには見えないのですが、ときどき、ふとした瞬間に、素晴らしい意見をぼそっと漏らすのです。そういうときは、本当に驚かされます。見かけで人を判断せずに、素晴らしい発想を、いつでも拾えるようにしておくと良いでしょう。

僕自身は、他人からの評価に関心がないタイプの人間です。どう思われていようと気になりません。好きに思っていただいて結構です。いつも素直に、自由に、自分の意見を言うことにしています。あまり自分の立場というものを考えません。立場なんて、単なる装飾に過ぎないからです。正しいことは、誰が言っても正しいのです。

これはあくまでも僕の考えです。他の人に強制するつもりはありません。僕の考え方が理解できない人は『変な考え方をする人が、この世界にはいるんだなぁ』くらいに思っておけばよろしいかと思います。

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