『傀儡のマトリョーシカ』が4月30日頃に講談社ラノベ文庫より発行されます!

ドアを叩きつづけられるか?

 何か行動を起こしたとして、それが実際に何かしらの効果をあげるかどうか、全然わからないわけです。たとえばダイエットをはじめたとして、なかなか成果があがらないかもしれない。それでも、どこまで諦めずにつづけられるか……。そこが物事の成否を分けるし、そもそも、人生ってそういうもんだよな、とか思うわけです。

 最近、Twitterとかカクヨムとか日記とか、いろいろ多方面に発信をはじめていますが、効果は皆無に近いですね。でも、ゼロじゃない。一桁かもしれないけれど、微々たるものだけれど、まあ、効果がなくはないかもしれない、みたいな感じ。ひとまず、無駄かもしれないけど、ドアを叩きつづけようかな、とか思っています。

 まあ、どうなんでしょうね。そのドアを叩いている時間を、他のことに向けたほうが人生が良くなる、という可能性もあるわけです。いつまでもお笑い芸人を目指してないで……みたいな人もいるんじゃないでしょうか(失礼な)。

 すでに投資した時間(や金)がもったいなくても、きっぱりやめたほうが得することもある、みたいな経済理論があります。サンクコスト(埋没費用)っていうんですけど。たとえば、1500円を払って映画を見たとして、冒頭が面白くなかったら、帰ったほうが得するかもしれない、みたいな話ですね。詳しく説明すると長くなるのでWikipediaなんかを読んで欲しいんですけど。実際には、創作物だとあっと驚く展開で、かけた費用が回収できたりもするわけですし。一般的なビジネスでも、新しい店舗を開くのにお金と時間をかけたからには、なんとか回収したいぞ、と思いますよね。いつか赤字が改善されて黒字を生んでくれるはずだ……と祈るわけですが、やっぱりどこかで見切りをつけて閉店しないといけないのです。そこの見極めが難しいというお話。

 ちょっと話は変わりますけど、僕は、何もやらないよりは、やったほうが良いと思っています。失敗することは最初のうちは怖いんですけど、失敗を繰り返しているうちに、ああ、失敗している状態が普通なんだな、と思えるようになります。何もしないと成功もしないですし。それに、失敗したら、失敗した原因を分析できるので、少しずつ成功に近づくこともできます。たとえばブログの集客を増やしたいと思ったら、いろんな記事を書いてみたり、文体を変えてみたり、いろいろやってみるわけです。更新する時間が悪いのかな、とか、テーマが悪いのかな、とか。そういうわけで、何もしないよりは、何かをやったほうが良いのです。ただ、どこかで見切りをつけなければいけないわけで……。

 ドアを叩いてみて、このドアはどれくらいで開くのか、くらいは考えてみたほうが良いかもしれません。運が良ければ開くとして、どれくらいの運が必要なのか。ドアを開けるのにお金を使えば楽に開けられるなら、もしかしたら、素直に叩きつづけるよりも、バイトをしたほうが早いんじゃないか、とか。どうやっても開かないのかもしれませんし。

 うーん。これは、いろいろな出来事に応用できる比喩だな(自画自賛)。

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