『傀儡のマトリョーシカ』が4月30日頃に講談社ラノベ文庫より発行されます!

大阪万博について

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『大阪万博について』というニュースに関するエッセイを書きましょう。

僕は大抵のイベントに関心がありません。オリンピックも見ないし、ワールドカップも見ません。昔は、そういう流行に乗せられる人を『浅はかだな』とバカにしていたものですが、最近では、そういう気もなくなりました。人それぞれ、自分の好きなものを楽しめばよろしいかと思います。それこそが多様性というものでしょう。以前の僕は、とにかく『普通』というものに対して強烈なコンプレックスを抱いていたのです。どれだけ頑張っても普通にはなれないということを知り、諦め、いまは皆がそれぞれ好きなことをすればいいや、と思えるようになりました。大人になったということでしょう。

さて、大阪万博ですが……。賛成でもないし反対でもありません。どうでも良い、というのが僕の意見です。意見というほどのことでもないですね。そもそも、個人の賛成、反対が意味を持つとも思えませんし……。大きく反対する理由も賛成する理由もありません。たぶん、万博が開催されたとき近所に住んでいたとしても、行くことはないでしょう。人混みが嫌いですからね。

昔と比べると、皆が同じ行動をしなくなっているのは間違いありません。昔の程度にもよりますが、昭和の頃は、本当に皆が同じことをしていたのだな、と感じます。ほとんど同じ話題を皆が共有していたことでしょう。いまは、皆が知っていること、というのが極端に減っている時代です。それぞれ自分の関心のあるニュースしか見ません。テレビなどのメディアはべつですが、インターネットのメディアでは、関心のないものは見なくて済むからです。テレビを見ない人も、どんどん増えています。新聞なんて、若者は誰も読んでいません(誰も読んでいないは嘘。誰かは読んでいる)。

非常に豊かな時代で、それぞれが自分の好きなことをできる、良い時代になったと思います。ただ、これはお金を稼ぎたい人たちにとっては難しい条件です。昔は皆が同じものを見ていたので、大当たりが引きやすかったということですね。細分化し、それぞれの好みにあわせた商品がつくれるようになったことで、大当たりはなくなりました。小さな当たりがときどきある程度です。今後、この流れが逆行することはないと思います。もう皆がオリンピックや万博で騒ぐような時代ではない、ということです。もちろん、騒ぐ人が依然として多いのはたしかですよ。オリンピックも本番が近づけば盛り上がるとは思います。とはいえ、昔ほど熱狂することはないし、終わればすぐ日常に戻るでしょう。そういう時代なのだ、と意識しておいたほうがよろしいかと思います。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です