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やる気を出さない、頑張らない

こんにちは! 河東遊民です。

今日は「やる気を出さない、頑張らない」というエッセイを書いてみましょう。

私は基本的にやる気がありませんし、頑張ったりもしません。頑張るような事態にならないよう、事前に計画を立て、こつこつと作業を進めることにしています。また、少しくらいサボっても大丈夫なように、スケジュールに余裕を持たせることにしています。あまり体調に自信がないので、無理をしないことにしているのです。

小説に関する作業を毎日しています。去年の秋~現在にかけて、プロットを6~7個はつくったと思います。こういうことを書くと『やる気がありますね』とか『頑張っていますね』と言われるのです。しかし、私はやる気がありませんし、頑張ってもいません。やる気がなくても、やればなんとかなります。嫌々だろうと、どれだけ面倒くさかろうと、まったくやりたくなくても、やれば良いだけのことでしょう。頑張ってもいません。いつも余力を残した状態で、60~70%くらいの力でやっています。寝る間を惜しむこともありません。ちゃんと寝たほうが作業の効率が高いからです。無理をしないし、頑張らないわけです。

そもそも、やる気というものの存在が信じられません。小説を書きたくて仕方がない、という状況になったことがないのです。いつでも書こうと思えば書けます。書きたくなくても机に向かえば書けます。気が乗らなくても書けます。やる気とか、気分とか、そういうものとは無関係なのですね。ただ、自分の体調が悪いと書けません。手が痛いとか、眠いとか、そういうことのないように、普段から力をセーブして、体調を崩さないように気をつけています。たとえば、2時間で7000字を書いたあとは、まだ1時間くらい頑張れそうでも、それ以上は書きません。疲れて、翌日サボってしまう可能性があるからです。

小説を書くとき、あるいはプロットをつくるときに考えることもありません。どのような会話をするか、どのような動作をするのかはキャラクターに任せるので、自分はそれを眺めているだけです。そういうわけで、あんまり自分が頑張っても意味がないのですね。自分のやる気とは無関係にキャラクターが動くので、それをじっと眺めて、文章にするだけです。

何度か書いてますけど、小説の執筆は受験勉強に似ているように思います。やる気がなくとも、やれば良いだけのことでしょう。じっと我慢してつづけているうちに、面倒だけど面白いな、という部分が見つかるのも似ていますね。

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