『傀儡のマトリョーシカ』が4月30日頃に講談社ラノベ文庫より発行されます!

誕生日だった

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『誕生日だった』というエッセイを書きましょう。

たまには素の自分の文体でエッセイを書いてみよう。

実は誕生日を隠していた。あまり他人に祝われたくなかったのだ。なんというか、他人に祝われると恥ずかしく感じるのである。この感覚は、あまりわかってもらえないかもしれない。講談社ラノベ文庫のチャレンジカップで佳作だったことも、Twitterで半年くらい秘密にしていた。とにかく他人に褒められたくないというか、そういうねじ曲がった精神の持ち主なのである。ちなみに、受賞したことをいまだに家族に言えていない。これも恥ずかしいからだ。

子供の頃から誕生日を祝う習慣がなかった。宗教の関係である。嫌なこともたくさんあった。小学校の頃は、月に1回、その月に生まれたクラスメイトの誕生日を祝う会というのがあったのだが、それも宗教上の理由で参加させてもらえなかった。皆が誕生日を祝っているときに、ひとりだけ教室を出て保健室にいた。友達の誕生パーティーに呼ばれても、宗教上の理由で断らなければならなかった。誕生日プレゼントはもらったことがないし、クリスマスを祝ったこともない。まあ、そういったおかしな人生を歩んできたから、精神がねじ曲がってしまったのだろう。

とにかく、子供の頃から普通であることに憧れた。普通の人生を歩みたいと何度も思った。なぜ、自分だけが、こんなにおかしな生き方をしなければならないのだろう、と思っていた。そういうことをずっとこじらせていて、どうせ誰にも理解されないし、ということでふて腐れていた十代、二十代だったように思う。

最近では、ようやく自分を認めることができるようになってきた。いろいろあったけれど、まあ、よく頑張ってるよ、みたいな。残念ながら、普通の人間にはなれなかったけれど。そして、特別な人間になることも、できなかったけれど。ダメ人間だけど。ダメ人間なりに、そこそこやれてるじゃないか、という感じである。

今日は3人から誕生日を祝ってもらった。昔の僕であれば、祝ってもらったことに対して怒っていたかもしれない。祝われたくない、と思っただろう。ただ産まれた日と同じ日なだけで、なぜわざわざ祝わなければならないのだ? くらいは言ったかもしれない。けれど、今日は素直に誕生日を祝ってもらえて嬉しかった。そういう自分を見て、少しは人間らしくなれたのかな、と思った。成長したのか、劣化したのかはわからないけれど……。

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