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健康、時間、お金

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『健康、時間、お金』という過去に書いたエッセイの転載です……。書き忘れていたのに気づいて慌ててアップしているのです……。

健康、時間、お金の3つを揃えることが幸福への近道ではないかと思う。

僕の考えでは、健康と時間は似ているが、お金は違う。どういうことか、少し説明しよう。

まず、健康と時間は、MAXの状態から、徐々に減っていくものだ。もちろん、生まれながらにして不健康だ、という人もいるだろうし、子供の頃は病気で大人になれば治った、という人もいるだろう。そういうものを例外にすると、基本的には若いときのほうが健康である。そして、健康は徐々に減っていく。年齢を重ねるにつれ、体のあちらこちらに不具合を抱えていくことになる。

時間は、もちろん、子供の頃がMAXである。そして、死ねばゼロになる。それが長いか短いか、の違いはあるものの、とにかく減っていく。これは、何をどう頑張っても増やせない。どうしようもない。

ところが、お金は増やせる。そもそも、最初は持っていない。親が持っていて、その庇護下ではたくさんあったが、成長するにつれ減っていく、ということはあるものの、基本的には成長と共に、年齢を重ねると共に自由に使えるお金は増えていく。そして、これがもっとも重要なことなのだが、お金は『健康と時間』の交換として生まれる、というものだ。皆、お金のために健康と時間を犠牲にするのである。

時間と健康は減っていくもので、増やすことはできない。でも、消費を抑えることはできる。たとえば、隣の町まで行きたいと思ったとき、歩いていけば時間がとても掛かる。歩きすぎると、疲れて、健康にも良くないかもしれない。しかし、タクシーやバスに乗ったり、あるいは自転車を購入して、それに乗ったりすれば、時間を節約できる。お金で時間を増やすことはできないが、消費を抑えることはできるのだ。

健康も同じで、たとえば毎食安いパンやカップラーメンを食べていると健康の減りは早くなる。でも、お金を出して、ちゃんとした栄養のある食料を摂取すれば、健康の減りは抑えられる。医者へ行ったり、エクササイズにお金をかけるのも、同じく健康の消費量を減らす効果があるだろう。

健康、時間、お金をどのようなバランスで消費、あるいは生産し、自分を幸福に近づけていくのか、というのが人生の主な目的ではないかと思う。なんとなく生きている人も多いかと思うが、たまには自分の健康、時間、お金を見つめ直したほうが良い。なんのための健康か? なんのための時間か? なんのためのお金か? そういうことを考えないまま、健康、時間、お金を、ただひたすらに集めている人が多いと思う。

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