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作品の差別化

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『作品の差別化』について書いてみましょう。

差別はよろしくないことですが、差別化は良いこととされていますね。べつにどうでも良いですけど……。

小説を書く上で、いつも気になるのが『差別化』です。これは、ある程度やらないと「これ読んだことあるなぁ、というか、売れてる作品があるから、わざわざ読まなくて良くない?」になってしまいます。しかし、逆にやりすぎると「挑戦的すぎるなぁ」になってしまうでしょう。ほどほどのところで止めるのが難しいのですね……。

差別化にもいろいろなレベルがあります。まず、どのジャンルを選ぶか、という点ですね。ここで異世界ファンタジーを選ぶと、転生でも、転移でも、純ファンタジーでも、MMORPG系ファンタジーでも、異世界ファンタジーに関心がない人にとっては同じです。もちろん細かく見たら違うのですが、どれも同じに見えてしまうわけです。ちょっと展開が普通と違うとか、そういうことはどうでも良くて、ファンタジーっぽいだけで同じに見えるわけですね。これはファンタジーが好きな人にとっては、似ているだけで訴求力があることになります。ただ、好きになればなるほど、好みが細分化していくので難しいわけです。ファンタジーであればどれでも良い、みたいな豪快な人は少なくて、ストレスフリーなファンタジーが良いとか、結構えぐいストーリーのファンタジーが良いとか、いろいろあるわけです。

ミステリーも、たぶんファンでない人にとっては、全部同じように見えているでしょう。人が死んで謎が解決すればミステリーだろ、みたいな。しかし、本格とかハードボイルドとかサスペンスとか警察小説とか、実際にはいろいろあるわけです。本格のなかでも物理トリックとか叙述トリックとか、どんどん細分化できます。

大ジャンルのなかでの新しさを出そうとしても、結局、そのジャンルを熱心に読んでいない人にとっては大同小異である、ということですね。これは作り手として書くときも、受け手として読むときも意識しておいたほうが良いことでしょう。しらないジャンルに関しては、ほとんど同じものに見えてしまいます。近づいてみないとわからないこともあるのですね。たとえばアイドルなんかも、近づかなければほとんどすべて同じものに見えるでしょう。そういうものなのです。お笑いとかもそうですね。全部笑わせれば良いんだろ、みたいな。そりゃそうですけど、漫才とかコメディとかありますし、漫才のなかでもいろいろなジャンルがあったりするわけで……。

結局、何が言いたいのかというと、特に言いたいことはないのですが……。本当に細かい部分で差異を出そうとしても、大衆にはどんどんわからなくなる、ということでしょうね。ジャンルのなかでの細かい差別化を追求するよりも、そのジャンルの根本にある面白さを追求するほうが良いのかな、みたいな……。ミステリーであれば『読者に衝撃を与える』ですね。ラブコメだったら『読者にやきもきさせる』とか。漫才だったら『とりあえず笑わせる』みたいな……。

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