『傀儡のマトリョーシカ』が4月30日頃に講談社ラノベ文庫より発行されます!

創作論が嫌い

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『創作論が嫌い』というエッセイを書きましょう。

まず、お前も書いてるやんけ、というのは妥当な批判でしょう。それに対しての答えは『嫌いだけど書いています』ですね。正確に言えば、『嫌いだった』でしょうか。いまはどちらでもありません。どうでも良いと思っています。とにかく、年齢を重ねるにつれ、大抵のことはどうでもよくなっています。昨日の日記にも書きましたが、書きたくて書いている……というわけではないのです。つまり、趣味ではないということ。わかるでしょうか。

創作論を書いていて恥ずかしく感じるのは、自分が成功していないからだと思います。冷静に見ると、成功していないくせに偉そうに言いやがって、みたいな感じになります。まあ、どこかで書きましたが、他人を偉そうだと感じた瞬間、その人を見下しているということになりますから、気をつけたほうがよろしいでしょう。

僕は、一応、いろいろと予防線を張ってから書いています。成功していませんし、単なる自分の考えですけど、みたいな前置きを常にしてしまいます。まあ、自信満々に語れるほどの経験もないので仕方ないことでしょう。そもそも、同じ手法を使ったとしても、時と場合によって成功するかどうかは変わります。単純な話をすれば、1月に本を出すのと2月に本を出すのでは、まったくべつの売り上げになるかもしれません。それは同業者がどんな本を出すのか、ということが関係していたり、あるいは発売週に地震が起きて物流が止まったりとか、いろいろあるからです。

結局のところ、すべての創作論に通じて言えることは、ひとつの方法にこだわらないことでしょう。いろいろ試してみるのが一番良いと思います。プロットをつくってみたり、つくってみなかったり。タイトルを変なものにしたり、王道のものにしたり。キャラをつくりこんでみたり、キャラを決めずに書きはじめてみたり。そういう風に、いろいろ試しているうちに、自分にとってもっとも良い方法がわかってくると思います。一度は最高の方法だと思っても、時間が経つにつれて、徐々に変わっていくことでしょう。最初に成功した方法にこだわらないことが大事だと思います。自分も、あるいは読んでくれる人も、時を重ねて変化するからです。

僕は自分を信じないことにしています。自分が正しいと思う方法を、一応は主張しますけど、それがわかってもらえなければ諦めて、相手の方法を採用します。これは違うと思うけどな、と考えつつも、自分とは異なる発想に従うわけです。やっぱり失敗したな、と思うときもあれば、意外とこの方法も面白いじゃん、と思うときもあります。

そういうわけで、この日記でたまに創作関連のエッセイを書いていますが、信じないようにしたほうが良いと思います。

僕が日記でたまに創作関連のエッセイを書いているのは、それが一番アクセス数が増えるからです。書きたくて書いているわけではありません。書いても書かなくても、どちらでも良いです。アクセス数を稼ぐ記事を、たくさん書きたいわけでもありません。今日はアクセス数を稼ぐことを狙って書こう、今日はアクセス数がゼロになるような記事を書いてみよう、といろいろ狙って書いているのです。これこそが、いろいろ試している、ということです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です