『傀儡のマトリョーシカ』が4月30日頃に講談社ラノベ文庫より発行されます!

3ヶ月経てば違うことを言っている

こんにちは! 河東遊民です。

今日はエッセイですね。

言っていることが、ころころ変わる人ってダメだと思われがちですよね。しかし、僕は考えていることがころころ変わるタイプです。以前は面白いと思っていたことが、次は面白くなかったりします。これが3ヶ月ならまだ良い方で、ひどいときには1時間後に違う意見になっていたりするのです。とにかく物事を柔軟に考えよう、としているわけですね。

ところが、驚くほど変わっていない部分もあります。僕が高校生の頃に書いた作品を読んでも、いまと言っていることが変わらないというか、テーマみたいなものが共通しているのですね。もちろん、選ぶ言葉やストーリーの展開など、細々とした部分には稚拙さを感じるわけですが、基本的な方針については変わらない部分も多いのです。

周囲の人間が、全員、ころころ意見を変えていたら大変なことになるでしょう。政治なんかは大混乱に陥るでしょうね。だから、できれば10人の組織に2人くらいは、そういう変な人を抱えられるような余裕があったほうが良いと思います。得てして、組織の力が弱まってきたときには、そういう変な人たちを排除して、普通の人ばかりにしようという発想になりがちです。変な人がいると意見がまとまらないし、あるプロジェクトをはじめては、すぐ撤回する、みたいなことをするので、無駄ばかりが増えるからです。ところが、その無駄から素晴らしいものが生まれてきたりもするので、一概にすべてを無駄と切り捨てるわけにはいかないのですが……。

リーダーは難しい立場です。ころころ意見が変わってはいけませんが、かといっていままでの意見に固執しすぎると失敗したときに取り返しがつかなくなります。できれば、リーダーが堅物、側近が変な人か、リーダーが変人、側近が堅物のようにバランスを取れると良いのではないかと。

人間関係でも、この変な人とまともな人を意識してみると面白いかもしれません。たぶん、変な人が集まっていても、皆がおかしなことばかりを考えて、おかしな方向に進んでいってしまうでしょう。変な人を見かけたら、自分も変な人になって対抗しようとするのではなくて、まともな意見、正論を言ってあげたほうが良いと思います。

恋人とか、結婚相手も、そういう風に探してみると良いのではないかと。余計なお世話ですか……。

なんとなく、似た人間が集まっても良いことはないな、と思ってしまいます。趣味とか、好きなものとか、あわないほうが良いと思いますけどね。どうなんでしょうか。

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