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綺麗な字

こんにちは! 河東遊民です。

今日は『綺麗な字』というエッセイを書きます。昔書いた記事の転載ですが……。

昔から字が汚かった。いま思うと、なぜあんなに汚かったのか不思議でならない。鉛筆でもシャーペンでも、誰にも読めないような字を書いていた。もちろん僕にも読めなかった。はっきり言って暗号だったと言える。通信簿には、小学校からずっと、先生が毎回、字を綺麗に書きましょう、と書いていたのを覚えている。それくらいどうしようもない字を書いていた。

いま思うと、思考のスピードに手のスピードがついていっていなかったのが原因だろう。パソコンでも遅いくらいなのだから、手書きの文字であれば尚のこと遅い。考えていることが素直に文字にならない。そういう苛立ちもあったのだと思う。中学生くらいからパソコンを使いはじめたときは、これで学校のノートを取れたら便利だな、なんてことを思った。結局、大学の頃には、板書をスマホでパシャッと写真を撮る時代になっていたが……。この二つのエピソードで大体年齢を絞れるだろうか。ちなみに26歳である(本当だろうか)。(これは当時の話で、いまは27歳である)。

詳しくは話せないが、最近、文字データを入力する仕事をしている。手書きで書かれた住所や名前を見て、その通りにパソコンで打つ仕事だ。こんなのAIにさせれば一瞬だな、とか思ったりしないでもない。そもそも手書きじゃなく、データをネットで送ることにすれば、この仕事要らないよな、とかいろいろ思うのだが、まあ、それは良いとして……。

とにかく、皆、字が汚い。ちゃんと書いてくれ、と思うけれど、もともと字が汚かった人間なので強くは言えない。硬筆習字を収めた素晴らしい字である必要はなく、ちゃんと正しい形の字を書いてくれるだけで良い。子供の頃、親に綺麗な字ではなく丁寧な字を書けと何度も言われたのだが、いまになって、ようやくその意味がわかってきた。そう、綺麗な字である必要はない。丁寧に、ゆっくりと、ちゃんとした字を書けば良いだけなのだが、なかなかそういう字には出会えない。

人の振り見て我が振り直せではないけれど、この仕事をはじめて以来、僕は書類に丁寧な字を書くようになった。形は不揃いだけれど、正しい字だし、ハネやハライをしっかりしている。それが原因ではないけれど、たまに、綺麗な字を書きたいな、と思う。いまの社会、手書きで字を書く機会は減少している。履歴書もパソコンで印刷するようになったから、もう、本当に手書きをしなければならないものは少なくなった。それでも、やっぱり綺麗な字を書きたいな、と思って硬筆習字の教室を探してみたりする。うーん。どうしようかな……。

(結局、近所にある教室を見学しようか迷っているうちに引っ越した)

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